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名古屋地方裁判所 昭和45年(ワ)496号 判決 1971年12月23日

原告 登森修

右訴訟代理人弁護士 柘植欧外

同 景山米夫

同 太田耕治

被告 小谷観光有限会社

右代表者代表取締役 宮沢利忠

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 小口久夫

主文

被告小谷観光有限会社、同宮沢利忠、同塩原慶次は各自原告に対し金三五〇万円及びこれに対する昭和四五年三月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告と被告小口和寿間で生じた分は原告の負担とし、その余の分についてはこれを二分しその一を原告のその余を被告小口和寿をのぞくその余の被告らの負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、被告宮沢利忠が被告会社の代表取締役であり、同塩原慶次、同小口和寿が、いずれも被告会社の従業員であることは当事者間に争いがない。

二、次に≪証拠省略≫を総合すると、被告会社は訴外松本土建株式会社の子会社ではあるが、経済的には一応独立採算制をとっている会社であること被告会社の本社は被告宮沢利忠方住居であり、長野県北安曇郡小谷村千国三八五六番地において旅館「ぎんれい荘」を経営していること、昭和四四年に被告会社の発行した宣伝用パンフレットには射撃場が存在している旨が記載されていること、右射撃場は長野県公安委員会の指定を受けた蕨平射撃場というのであるが、右射撃場の形式的な管理者は小谷村猟友会であり、その資本金のほとんどは右訴外会社が出資していること、しかし右射撃場は「ぎんれい荘」の西方約三〇〇メートルの所に所在し、「ぎんれい荘」としては右射撃場を管理し、宿泊客に利用してもらうことも重要な業務の一つとなっており、右射撃場の実質的な管理者は被告宮沢利忠であること、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の認定事実によれば、右射撃場は被告会社が経営しているものと推認するのが相当である。

三、(一) しかして、原告が昭和四四年八月二四日午前九時頃右射撃場において被告宮沢利忠が所持していた銃(以下本件銃という)で射撃練習中右銃が暴発して左腕に負傷し、左腕第一関節部以下を切断手術するのやむなきに至ったことは当事者間に争いがない。

(二) 次に≪証拠省略≫によると、本件銃は同被告が同年同月一五日頃訴外相沢勝利から調子が悪いからみてほしい旨の依頼を受け、東京の修理業者に送付すべく、同被告が保管していたものであること、本件銃は薬室がいびつになっており、弾が装てんしにくい銃であったため右の薬室部分が実弾発射をした場合破裂する可能性のあった銃であったこと、被告宮沢は本件銃を施錠した場所に保管していなかったこと、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(三) 次に≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

1、原告は昭和四四年当時、名城大学法学部四年生に在学していた。そして他のエアーライフルの標的射撃の興味をもっている同大学の学生ら一四名とともに、本件射撃場で射撃練習をする目的で昭和四四年八月二二日の夕方「ぎんれい荘」に到着した。

2、そして同日夜、原告らは本件射撃場でクレー射撃ができることを知って興味をもち、被告会社の従業員小口和寿に銃を貸してほしい旨を申し入れた。しかし同人は銃のことはよく知らなかったので被告宮沢利忠に右の趣旨を取り次いだところ、同人は原告らに対し、銃はある旨及び実弾五〇発で金三、〇〇〇円位の費用が必要である旨を述べた。そこで原告及び訴外矢田道男、同渋谷忠重らは相談した結果右の金員を出してクレー射撃をさせてもらうことにした。

3、しかし右の原告を含む三名の者はクレー射撃のできる法定の資格を有していなかった。

4、また、被告宮沢利忠が原告らに申し述べた銃は本件銃のことであり、当時「ぎんれい荘」には実弾は八発しかなかったのである。

5、翌日の同日二三日は雨のために射撃練習はできなかったが同月二四日右原告を含む三名の者は午前八時三〇分頃被告小口和寿に銃を貸してほしい旨を申し入れたが同人からは一応拒否された。しかし被告塩原慶次は被告宮沢利忠から銃の操作方法を教えられていたので原告らの申し入れに対し親切心から被告宮沢利忠の不在の間に承諾を受けないで本件銃を使用して原告らにクレー射撃をさせることとし同日午前九時頃、原告訴外矢田、同渋谷らとともに本件射撃場に赴き、まず被告塩原慶次において一発打ち次いで訴外渋谷、同矢田の順に一発あて打ったのである。そして同被告において原告に打たせるべく本件銃に実弾を装てんしようとしたが、前記のように薬室がいびつになっていたので装てんしにくかったけれども無理に押し込み、原告に打たせようとした。そして原告が引金を引いた時に本件銃が暴発し、原告が前記のような負傷をするに至ったのである。

≪証拠判断省略≫

四、(一) 以上の認定事実によると被告小口和寿は、原告が本件銃を射撃した結果負傷したことについて何ら積極的に関与していないものということができる。

したがって原告が同被告の不法行為によって前記の負傷をしたことを前提とする原告の同被告に対する請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(二) 次に前記事実関係によると本件銃による暴発事故は被告会社の事業の執行について生じた事故であり、右の暴発事故の原因は本件銃のような欠陥銃を漫然と保管していた被告宮沢利忠の過失と本件銃に欠陥があることを知りながら不注意にも原告に実弾発射をさせた被告塩原慶次の過失が競合して生じたものというべきである。

したがって被告会社は民法七一五条により、被告宮沢利忠、同塩原慶次は同法七〇九条により本件銃の暴発によって生じた原告の損害をそれぞれ賠償すべき義務がある。

(三) そして前記事実関係によると被告らの過失相殺の抗弁の理由のないことは明らかである。

また原告らが本件銃でクレー射撃をしたことは、銃砲刀剣類所持等取締法に違反する行為であることは明白であるが、原告と被告塩原慶次の間に右の違法行為によって発生する不慮の事故について相互に責任を負わない旨の暗黙の合意が成立していたことを認めるに足る証拠はないから、この点に関する同被告の主張も理由がない。

(四) しかして本件銃が暴発して原告が負傷した原因は、本件銃の欠陥によるものであることは前記のとおりであり、本件銃の暴発については原告には何らの過失もないけれども、原告は本来本件銃のような銃を射撃できる法定の資格を有していなかったものなのである。したがって原告は前記被告ら(被告小口和寿を除く)に対して損害賠償を請求できるけれども、その請求は信義則上相当程度減額されてしかるべきである。何となれば当時名城大学法学部の学生であったから、無資格で銃を射撃することは違法であることを十分に知っていたことがたやすく推認されるところであるのに、あえて右違法行為をなしたものであるからである。しかして右の減額の割合は諸般の事情を総合して三割程度とするのが相当である。

五、そこで原告の損害額について審案する。

(一)  原告の得べかりし利益の喪失について

1、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四五年三月名城大学を卒業し、同年四月一日から、大阪トヨペット株式会社に勤務するようになったこと、そして当初はセールスマンとして勤務していたが、左腕第一関節部以下がないために内勤にまわされたこと、そのために収入がかなり減ったため(約半減した)同年一二月頃から再びセールスマンとして勤務するようになったこと、そして先輩のセールスマンの同情等のおかげで、同期に同社に入社した同僚と比較すると約二割位収入の少ない状態であること、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして原告の学歴、原告が男性であること、その他諸般の事情を総合すると、原告は四〇年間は稼働できるであろうことがたやすく推認されるところである。

2、しかして原告のような左手首以下を喪失した者の得べかりし利益の算定においては、同一の企業に同時に入社した他の身体の正常な者との収入の差を勘案すべきことはもちろんである。

しかし右の得べかりし利益の算定は四〇年間にわたる長期間の収益を口頭弁論終結時において不確定な蓋然性を基礎にして算定するものであるから、原告が正常な身体で稼働したならば得たであろうところの収入は日本統計年鑑の統計表による大学卒業者の受ける平均賃金によるべきである。しかして昭和四三年時における大学卒業者の受ける平均賃金は一ヵ月金五万二、二〇〇円であること(昭和四四年度日本統計年鑑四〇三ページによる)は当裁判所に顕著な事実である。

3、そして前記認定事実によると原告が本件事故により左手首を喪失したことによる収入減は二割であるから原告は一ヵ月平均一万〇、四四〇円の得べかりし利益を喪失していることになるわけである。

したがって四〇年間にわたる原告の得べかりし利益の喪失額をホフマン式計算方法により中間利息を控除すると金二七一万一、三八四円(銭単位切捨)となることは計数上明白である。

しかして右の原告の損害は前記四(四)の事情を勘案して金一九〇万円に減額すべきである。

(二)  原告の治療費等について

≪証拠省略≫を総合すると原告は本件事故で負傷したことにより治療費とこれに伴う諸雑費として金二〇万円を費したこと、義手代して金七〇万円を要すること、以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

そして右の各金員は原告が本件事故によってこうむった損害であることは明白であるが、前記四(四)の事情を勘案して金六〇万円に減額するのが相当である。

(三)  原告の慰藉料について

≪証拠省略≫によると、原告は本件事故によって負傷し、左手首以下を喪失したことにより、私生活の上においても、職場においても多大の不便を感じているものであることが認められる。

そして原告が右により多大の精神的苦痛を受けているところはたやすく推認されるところであるが、右の原告の慰藉料は前記四(四)の事情も含めて本件にあらわれた一切の事情を総合すると金一〇〇万円とするのが相当である。

(四)  してみれば原告が、被告小口和寿をのぞくその余の被告らに対して本件不法行為にもとづく損害賠償として請求できる金員は、以上の合計金三五〇万円であるということができる。

六、よって原告の本訴請求は被告小口和寿をのぞくその余の被告らに対し各自金三五〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明白な昭和四五年三月九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、民事訴訟法第九二条本文、八九条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高橋爽一郎)

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